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生活保障をどう再構築するのか? 教育・雇用・社会保障の新しい連帯(中央大学・宮本太郎)


3. 「4LDK」の生活保障

3-1. スウェーデンの場合—交差点型社会=4LDK社会への参加と包摂

さっき見ていただいた、教育を受けて、働いて、社会保障のお世話になるという一直線のラインで、日本は左から右へと、粛々と人生のサイクルを進んて行くという、一方通行型の社会だったんですね。後戻りはきかない。社会保障も現役世代はカバーしないということでした。

これに対してスウェーデンは、困窮と格差を抑制し、経済を成長させ、そして若者を政治的にも元気にしている。その仕組みってどのようなものかというと、劣化した雇用にみんなを動員していくというかたちではないわけです。

私は、「4LDK」への包摂「4LDK」での参加ということを言っているんですが。仕事部屋だけでは私たちの生活は成り立たないし、仕事の質も劣化してしまうんですね。やはり勉強部屋がなければならない。必要な時は教育・訓練を受けて、もっと自分に向いた仕事に就ける条件が確保されなければならない。あるいは加齢、心と体の弱まり、理由は何であれ、休む部屋、ベッドルームが必要ですよね。そしてもちろん家族で過ごすリビングダイニングも必要です。また控えの間も必要でしょう。

こうした「4LDK」の社会で、必要な時に雇用から離れて勉強し直したり、あるいは家族とともに子育てに専念する時間を過ごしたり、体と心が参ったらベッドルームや控えの間で一旦休んで、また仕事との繋がりを取り戻していく。

こういう、交差点を行き来するように、「4LDK」の廊下を行き来できるような生活保障のかたち。同じ包摂でも、仕事部屋に閉じ込めてしまうのか、この「4LDK」を廊下で繋いで行き来できる社会にしていくのか、これは全く違うわけです。北欧社会とくにスウェーデンは、この「4LDK」の包摂を実現してきたわけです。

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(スウェーデンの「4LDK」)

で、スウェーデンが具体的にどういうことをやったかといいいますと。例えば70年代には、高等学校の、普通科と職業科を統合しちゃうんですね。そして、一旦高校出たら働いてみるように促すわけです。で、25.4ルールって言って、25歳以上で、4年以上の勤労経験・育児経験があれば、優先的に大学に入れるっていう仕組みを作っていくわけです。つまり、教育と雇用、勉強部屋と仕事部屋の間に、双方向に移動する廊下を作っているんですね。そこを行き来できるようにするわけです。

ここにいる学生の皆さん、今入っている学部をどうやって選んだかについては、結構当てずっぽうのところもあったかもしれません。たとえば法学部なら「つぶしがきく」とか。働いてみたこともないから、社会のなかでどういう知識や技能が必要で、自分にとってどういう仕事が向いているかよく分からないけども、親のすねをかじれる今しか大学に行けませんから。だからもう、いわば、当てずっぽうに行っちゃうと。
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一人一人の能力をどれくらい活かせるかっていうのが、これからの日本の経済的な強さを決めるわけです。だけど、そういうかたちで大学に入り、就活してもとりあえず内定が出るとこに転がり込む、この一方通行型が本当に若者の力を活かしていることになるのか。
若者側からすれば、自分の知識や技能をフルに生かすってことは人生の充実に繋がると思うのですけど、そうはならない。ところがスウェーデンのような廊下を作ると、いわば積極的な試行錯誤が可能になるのです。

それから、就学前の教育を充実させた。日本は今、女性が輝く社会をつくるということで保育サービスとかちゃんとやりますよって言うんだけど、議論を聞いていると、要するに保育が「箱」扱いなんですよね。とにかく、なんでもいいからお母さんに働いてもらうために、子どもをつっこんでいく場をつくる。お母さんにとっては身を裂かれるようなことになりかねません。

一方スウェーデンは、Ⅰ(教育-雇用)の廊下をきちっとするプロセスのなかで、女性もまた雇用と繋がり続けることができるように、Ⅱ(家族-雇用)の廊下も作っていったわけですね。その一環として、就学前の教育を充実させる。保育ではなくて就学前の教育です。今、小学校に子どもやるのは可哀想と考えるお母さんって、いませんよね。それと同じように、就学前の教育段階をスキップしてしまうと子どもが可哀想ってことになるわけですね。

実は1965年くらいまで、日本とスウェーデンの女性の就業率ってほぼ一緒だったんです。ところが、このように就学前教育を充実させてから、小学校に上げない親がいないように、みんな、就学前学校に子どもを入れるようになった。それまで専業主婦だったお母さんも、じゃあ働こうかということになるわけです。

積極的労働市場政策、Ⅲ(失業・離職-雇用)の橋もですね。日本だと、失業すると今の仕事よりも次の仕事は、基本的にはグレードダウンすることになる。スウェーデンだと逆に、失業することが、もっと自分の知識・資質に合った仕事に就いていくことのできるチャンスになった。
 
つまり、このⅠからⅣの橋を、あるいは4LDKの廊下をですね、双方向的なものにしてつくっていったということです。で、逆にこういう廊下が出来ることで、雇用の質も高まっていったんですね。
つまり、今の仕事が納得出来ない人はみな、勉強し直すために仕事をやめる。その期間の所得保障も奨学金というかたちで出る。あるいはクビになるなどして失業・離職してもですね、だいたい現行所得の8割位の失業給付が出るならば、これはやっていけるわけなんです。

逆に言えば、クビにするぞって言われてもそんなにビビる必要はない。働く側の交渉力が高まって、賃金の水準だとか、仕事の中身が改善されていくっていう好循環も始まりました。こんなかたちで4LDKへの包摂を実現した、ここがポイントです。

3-2. 日本で「4LDK」は可能か?

じゃ、これをこのまま日本に持ってくることができるかってことですけども、なかなかそのままではいかないと思います。

一つは、やはり、雇用があまりにも劣化してるんですね。雇用と繋ぐと言っても、これで食べていけないわけです。廊下を作っても、その廊下の向こうの仕事部屋があまりに劣化していて、そこに行っても生きていけないわけですから。そうなってくると、やはりスウェーデン型そのまんまではダメなんですね。

さらに言うならば、スウェーデンではこの廊下を誰が作ったかというと、やっぱり政府や自治体なんですよ。例えばⅡの橋は保育サービスですけども、基本的にこれは自治体の提供する公共サービスです。Ⅲの橋も積極的労働市場政策っていうふうに呼ばれていますけれども、公共職業訓練を、国の提供するサービスとして受けるっていうことです。そして、国や自治体がこの廊下を作っていく。

けれども今の日本で、長い間仕事から遠ざかっている若者が、何か公共職業訓練を受けて、急に元気になって、明日から胸をはって会社に行けるかどうか。さっきも言ったように、会社そのものが大いに問題があるってことに加えてですよ、もう心が折れちゃっている若者が急に元気になるはずがない。あるいは世帯のなかで複雑に連鎖した困難や複合的な問題を、はたして行政の対応でうまく解決できるのか。
 
それを考えてくと、スウェーデンのやり方と違ったアプローチが必要だということは明らかです。つまり、一億総活躍社会で唱えられているような、雇用に放り込む仕組みではなくて。4LDKの包摂だとしてもですね、廊下の作り方だとか、仕事部屋のあつらえだとかいったのは、スウェーデンそのままのかたちは持ってこれないということです。

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(日本では社会的企業の役割が大事)

一つは、では誰が橋を架けるかということです。ここに色々な例を挙げていますが、ポイントは、長い間仕事から遠ざかっていた若者たちが雇用にうまく着地していく道を、行政がつくることができるかどうかです。例えば秋田県藤里町の例があります。ここは人口3600人の過疎の町ですが、113人の引きこもりがいることが分かったのですね。もう行政はお手上げです。こんな状態に対して、有効な手を打てません。

だから社協、つまり民間の事業体が縦割りの行政から色んな支援の仕組みを取ってきて繋ぎあわせて、一人ひとりにあったかたちで支援を行なっていったんです。

同時にですね、支援とは具体的にどのようなことかということですけども。たとえば、引きこもっていた若者たちを腫れ物に触るように保護してあげましょうというのでは、若者は元気にならない。引きこもってしまっていたのは、自己有用感が持てなくなってしまったことも大きい。だから、むしろ過疎の町を救う事業に加わって欲しいと率直に呼びかけていったのです。名産の舞茸を使ったキッシュを通販してこれが当たるのですが、その製造過程にどんどん引きこもりの若者を引き出してきたんです。そして町を元気にする事業に、引きこもりの若者に参加してもらう。

つまり、「引きこもり町おこし」をやったわけです。こんなふうに、公的なサービスを超えた個別的で包括的な支援っていうのを、NPO・社会企業が行なっていく。同時に、新しい働き方や雇用の場に積極的につないでいく。

また、例えば雇用が劣化していくなかで、これまでの所得保障の見方を改めることが考えられます。これまでの所得保障っていうのは、例えば生活保護でも年金でも、働けないということを前提に、社会保障で従来の所得を代替してあげるという、いわば代替型の所得保障だったんですね。

ところが今、一定のサポートがあれば働けるっていう人がどんどん増えています。でも今の雇用の状況だと、頑張って働いても月10万数万円くらいに留まることもあって、これじゃあ暮らしていけないということになっているわけです。

そういった時に、この代替型の所得保障―生活保護だとか年金だとか、これはこれで大事なんですけれども―だけではなく、就労し働き続けることへのサポートに加えて、勤労所得を補完する、いわば補完型の所得保障が必要でしょう。就労や子育てを支えるパーシャルなベーシックインカムといってもよいでしょう。

補完型所得保障というと新奇に聞こえるかもしれませんが、国会でも、実は多数が了解してるのが、給付付き税額控除ですね。給付付き税額控除っていうのは、働いてるけど一定所得以下って人たちに対して、税金を取るんじゃなくて現金を給付しましょう、という仕組みのことです。アメリカで74年にこれが導入された時は「労働ボーナス」と言われました。10万円くらいしか所得がない人に対しては4割増しにする。プラス4割を、税から給付するっていう仕組みです。で、こういう補完型の所得保障があると、この真ん中の雇用の島も蘇ってくる。

スウェーデン型の4LDK型の社会への包摂。これは学んで良いと思います。ただ、誰が橋を架けるか、どう橋を架けるか、雇用の島をどう支えるか。スウェーデンのかたちをそのまま持ってくるわけにはいかない。

 橋を架けるのは、今多くの人達がもっともっと深いところで傷つき倒れてしまっているという状況を鑑みるならば、やはり社会的企業が出ていかなければいけない。それから、雇用の部屋やあまりにも劣化している事を考えると、もちろん正規の、中身のある雇用を拡大していくことと合わせてですね、代替型の所得保障から補完型の所得保障へ比重を移していく、これが必要だろうというふうに思います。

4. まとめ

まとめます。今、困窮の全世代化と世帯内での共倒れが進んでいます。そのなかで、これまでの生活保障の仕組みが、そうした問題を解決するどころか、足を引っ張ってしまっている。さらに、経済の停滞と若者の政治離れを生んでいる。

したがって、今日のとりあえずの結論としてはですね。新しい生活保障の仕組み、すなわち教育・雇用・社会保障の新しい連携を目指していく。ただ、スウェーデンの仕組みそのままでは駄目であって、劣化した雇用をどう支えなおすかっていうことと、雇用とその外部をどう結んでいくかということについては、日本流の新しいアプローチ、特に社会的企業が大きくクローズアップされなければならない、ということを最後に、とりあえずの結論として、お話しを終わりたいと思います。

どうもご清聴ありがとうございました。

宮本太郎
(みやもと たろう、1958年7月13日 – )日本の政治学者、博士(政治学)。中央大学法学部教授。専攻は比較政治、福祉政策論。著書に『生活保障―排除しない社会へ』(岩波新書、2009年)、『福祉政治―日本の生活保障とデモクラシー』(有斐閣、2008年)他多数。
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