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生活保障をどう再構築するのか? 教育・雇用・社会保障の新しい連帯(中央大学・宮本太郎)


 「生活保障」という言葉を聞いたことのある方も多いと思います。でも、それっていったい何だろう? 今の日本は、私たちの生活が保障されるような政治・社会なんだろうか?
今回は中央大学の宮本太郎先生をお招きして、日本の生活保障の過去と現在、そして展望について、スウェーデンとの比較も交えて、お話していただきました。

皆さんこんばんは。今ご紹介いただきました、中央大学の宮本と申します。

私は政治的にはアクティブではなくて、SEALDsの皆さんとこんなふうにお目にかかるのは初めてです。また、社会保障や福祉をめぐる政治が専門で、安全保障について論じることはできません。
 
ただおそらく、ちゃんと社会保障、生活保障が出来ているとき、つまり生活が成り立ってて、守るべきものがほんとうにあるときには、無茶な戦争って始まらないじゃないかなと思うんですね。
安定した生活が失われたとき、守るものも何もなくなったときに、やぶれかぶれの戦争が始まるんだろうなというふうに思っておりまして。おそらく、ナショナル・セキュリティとソーシャル・セキュリティっていうのは表裏一体ではないのかなと。

で、今、そのソーシャル・セキュリティはどうなっているんだろうか、っていうことについて、考えていきたいと思います。

1. 今の日本の生活はどうなってるの?

ソーシャル・セキュリティとさっき言いましたが、ここでは生活保障という言葉を使います。生活保障とは、雇用・社会保障・教育の連携です。私たちは、何らかの事情で働けなくなっても、つまり所得が中断しても、生活し続けることができるように、社会保障としてお金が給付されたり、サービスが供給されたりする必要があります。また、同じ「働く」ということについても、知識や技能を高めることで、働く中身がバージョンアップできたりとか。そういう意味で、教育と社会保障と雇用がつながっています。こういった状況を、生活保障といいます。

実は日本の社会保障に使っているお金って、2011年にはイギリスを超えちゃってるんですね。「ゆりかごから墓場まで」と、日本にとって仰ぎ見る存在だったイギリスを超えちゃって、福祉大国として知られるオランダくらいお金を使っているんです。皆さんの税金とか、社会保険料が使われてるんですね。

(社会保障支出は増大、しかし困窮問題は依然深刻)

(社会保障支出は増大、しかし困窮問題は依然深刻)

でも、同じぐらいお金を使っているオランダと日本で、例えば貧困率の違いを見てみると、日本の子どもの貧困率はオランダに対して三倍。そして日本はご存知のように、現役世代が非常に難儀してるんですね。単身の現役世代の女性の3人に1人が相対的貧困です。したがって、女性の貧困率もオランダと比べて三倍。で、「お金は全部高齢者向けに使われている」と言われる一方で、高齢者の貧困率もオランダに比べて16~17倍くらいなんです。
 
お金を使っているのに、お金を使っていなかった頃より、困窮と格差が広がっているんですね。これはどうなってるのだろう、ということです。


まず再分配、つまり保険料や税金を集めて配り直す、これが再分配なのですけれども。それをする前の所得、つまり勤労所得がどんどん低くなってしまっているから、再分配が追いつかないんですね。次に、社会保障でお金を使っているのが相対的に余裕のある層の厚生年金などに集中しているのに対して、そのような年金給付がなく資産もない高齢者や、劣化した雇用のなかにある現役世代に支援が届いていないのです。

2.「困窮」って何だろう

さっき言ったように、教育と雇用と社会保障が連携して、生活保障というふうに言うのですけれども。皆さんおそらく、教育・雇用・社会保障っていうと、その順番で並ぶものっていうふうに思ってらっしゃるのではないかと思うんですね。つまり、教育を受けたら働き始める。働き始めてから教育に戻るっていうのは非常にイレギュラー。で、働き終わって「ご苦労さま」と社会保障のお世話になる。こういう並び方が普通だというふうに思っておられる方が多いのではないでしょうか。

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(教育・雇用・社会保障のこれまでの連携)

ところが、果たしてそうなんだろうか? ということです。日本的には「当たり前」だったこれまでの日本型の生活保障のかたち―この並び方をした、ある独特の生活保障のかたち―が、現実とどんどん乖離していて、結果的に、人々が直面する様々な困難に対応できていない。

この、教育と雇用と社会保障の連携を組み換えなければいけないというのが、今日のお話のポイントになります。

2-1. これまでの日本の生活保障

 
これまでのつなぎ方の一つの特徴というのは、真ん中の雇用の部分です。
ここに日本の場合は―特に男性の稼ぎ主なんですけれども―潰れない会社、つまり行政に守られた潰れない会社があったんですね。滅多なことではお父さんの会社は潰れなかった。だから、現役世代に関する限りは、会社が社会保障に代わって、妻や子どもの生活費も含まれる家族賃金を払う。あるいは福利厚生の仕組みを用意した。

他にも、日本はどうしてこんなにも学費が高いのか。逆に言えば、公的教育のための支出がどうしてこんなに小さいのか―GDP比で3.8%ですね。OECD諸国の中でも、こんなにも教育にお金を使ってない国はない。

どうしてかというと、これまでは、「潰れない会社」が「学校」でもあったわけです。要するに、社会のなかで役立てる知識や技能っていうのはみんな会社で教える。だから会社からすれば、余計なことを学校で教えないでほしいと。就活で、学校で学んできた客観的な知識や技能が問われているわけではないというのは、そういうことです。つまり、これから会社っていうコミュニティで使い倒していく上で、会社のなかで多様な仕事に応じたトレーニングをしていく。その素材としてどれくらい良くできているか、みたいなことを就活ではチェックするんですね。「ゼミで何やったの?」なんていうのも一応は話題にはしますけれども、これは素材力―会社が決めた「人間力」ですね―これをチェックする判断材料とネタを求めているわけです。

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普通、経営者は、良い人的資本を育ててもらうために、「税金いっぱい投入して、ちゃんとした教育をしろ」って言うと思う。でも日本の経営者はあまりそれを求めなかった。素材がよければ、遊びたい盛りに無味乾燥な受験勉強をやって我慢力を身に着けてくれれば、それで十分だっていうところがあったんですね。そういうこともあって、あんまり税金を投入しないでもよろしいと。それで結果的に、日本はとんでもなく教育の個人負担が大きい国になったのだと思います。

生活保障機能・学校機能に加え、企業にはさらに「承認機能」がありました。要するに、生きがいの根本みたいなところも会社になっちゃったということですね。

そして、正規雇用はいつか終わります。退職したら、会社による生活保障もそこで止まってしまう。だから、社会保障は「その後」を集中して面倒見るっていうかたちになっていったわけです。言ってしまえば、退職後の社会保障というかたちを取ってきた。そのため、現役世代の教育費とか住宅費っていうのは、社会保障として出ない。

非正規については、お母さんがダンナの稼ぎを補完して、それで頑張る。つまり、男性稼ぎ主の稼ぎを補完するのが非正規雇用の賃金だったんですね。ところが今、その非正規の雇用の賃金水準で食べていかなければいけない人達が急増しているというわけです。

2-2. 現代における制度の不適合と困窮の全世代化/三世代化

 
しかし今、その形が根本的に崩れてきてしまっています。90年代の半ばから、この生活保障のユニットであり、学校であり、承認の仕組みでもある正規雇用の世界に、入っていけない人達が急増したんですね。

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(制度との不適合から困窮が全世代化する)

 
そこで広がった困窮が子どもに連鎖し、さらにその世代も壮年化するなか、困窮が三世代化・全世代化してきているわけです。にもかかわらず、これまでの生活保障の仕組みが事態に対応せず、現行制度が貧困の全世代化をむしろ促しているという状況です。

そうしたなかで今、「困窮」って何なんだろうか、ということですね。「貧乏」という言葉が行き交っていた時代と比べて、「困窮」って何が違うんだろうか。

簡単に言うならば、かつてみんなが貧乏だった時代に比べて、困窮は連帯よりも孤立を招いているということです。たとえば、普通に働いていたんだけれども、老親が認知症だということがわかって介護が必要になって、仕事を辞める、あるいは働く時間を半分にしないといけないということになる。だんだん世帯のお金のやりくりが厳しくなって夫婦仲もうまくいかなくなる。そうこうするうちに子どもの発達障害が見つかったりする。

複数の要因が連鎖して、みんな簡単に困窮に陥るわけです。今の困窮というのは、複数の要因が簡単に繋がっていって、それぞれの要因は誰しもが起こり得ることなんですね。ところが、それらが繋がることで、困窮というのがとても個人的な問題のように思えてしまうわけです。
 
連帯ではなくてむしろ孤立を招いてしまう。希望ではなくて諦めを呼んでしまう。
これまでは、みんなが貧乏だったら明日はもうちょっとマシになるという感覚だったんだけれども、今では諦めを呼んでしまう。みんな頑張ろうというところがあったら地域の活力にもつながるわけですけれども、今はそれが諦めと停滞に繋がっているということです。

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