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生活保障をどう再構築するのか? 教育・雇用・社会保障の新しい連帯(中央大学・宮本太郎)


2-3. スウェーデンの生活保障

加えて、日本の社会の中では、先ほど言ったように社会保障そのものは人生の後半に集中しているので、社会保障の使い方の内訳を見てみると、現役世代向けの働くことを支援する政策だとか、保育・子育てを支援する政策だとか、そういった赤とか水色のところは非常に少ないんですね。スウェーデンなんかと比べると非常によくわかります。

宮本先生4

(若者・現役世代向け支出がきわめて少ない日本の生活保障)

 
これまでの日本の生活保障の前提であった会社コミュニティというのが崩れているにも関わらず、現役世代が相変わらず「支える側」と目されて放っておかれる。したがって、支える力すら発揮できないということになります。

宮本先生5

(生活保障のかたちが、若者の無関心とシルバーデモクラシーを生む)

 
これが、さらに言うなればデモクラシー、民主主義のあり方にも大きな影響を及ぼしています。
 
今の日本はシルバーデモクラシーなんて言われます。1980年と2012年を比べると、20代の人口そのものが減っているんですね。同時に、投票率そのものが63%から37%と大きく落ち込んでいます。要するに、若い世代の票が半分以下になっているわけです。

これに対して、現役世代向けの支出が充実しているスウェーデンは、現役世代にとって生活保障の仕組みというのが、より身近なんですね。例えば、奨学金は出るんだけれども、大学そのものは無償なんです。どういうことかというと、仕事を辞めて大学に入り直すと、その間は所得がなくなってしまいます。その際の生活費のために、奨学金が出るわけです。あるいは、私がスウェーデンにいたとき、子どもはスウェーデンの小学校に行ったんですけれども、学童保育の給食なんか朝から出るわけですよ。朝の6時頃から給食を出してて、子どもにちゃっかり親もついてきて一緒に食べてるんですね。これも現役世代を支援する様々な仕組みのうちの一つと言えるでしょう。
 
そんなこんなで現役世代を支える生活保障・社会保障の支出が分厚いというのは、逆に言えば、現役世代、特に若い世代が、国や地方自治体がどんなふうにお金を使っているのかをチェックしているということでもあるんです。
自分たちの生活っていうのが、そうした生活保障の仕組み抜きには成り立たないわけです。そして消費税含めて、税金が高いんです。だから、その税金が誰にどんなふうな包丁さばきで切り分けられて、どんなふうに使われるか、それをしっかりそれを見つめるわけです。

したがってそういう国では、例えば2010年の総選挙で見てみると、18歳から29歳の投票率は79%ですね。それから、どの政党も学生組織を持っていて、大学には、日本でいうと自民党から共産党まで支部がある。

宮本先生6

(スウェーデンの「学校投票」(Skolval))

学校投票もあります。18歳までの、中学校から高校までの若者たちが、日本で言えば文科省の肝いりで模擬投票をして、本選挙に合わせて全国で投開票する制度です。これだと左右両極が若者には人気あるんですね。でも、だんだんこういう投票を繰り返すうちに、真ん中に投票が寄って来るんです。こんなふうにデモクラシーのレッスンを重ねることにも繋がっています。

宮本先生7

(北欧諸国は社会保障にお金を使っても成長を実現し財政は黒字)

さて、「社会保障にいっぱいお金使ってしまうと経済がもたないのではないか」、こういう見方も結構根強いですよね。今の政権はそういうふうな見方をしていると言ってもいいのかもしれません。

でも、細かい数字になるけども、そうではない。スウェーデン含めた北欧諸国はさっき言ったように社会保障・福祉にかなりお金を使っているけども、それは現役世代向けの支出が相当分厚くて、若者たちの政治的な関与を引き出していることに加えてですね。成長率を見ても、「小さな政府」の国々に比べて、あるいは大陸ヨーロッパの国々に比べても、とくに2000年代に入ってから成長率が高い。

 
困窮と格差が拡大していて、経済が停滞していて、若者の政治離れが深刻な日本。それに対して、困窮と格差が抑制されていて、成長率が高くて、若者の政治参加が拡大している国。じゃあ後者のパターンというのはどんな社会保障をしているのか。高福祉高負担ですね。ならお金を使えばいいのか。要はお金の使い方だということです。
 
老若男女みんなが元気に社会に参加する、能力を発揮する、そして色んなライフチャンスを掴んでいく。こう言うと、それってなんか、一億総活躍みたいな響きがあるじゃないかということになります。

じゃあ、一億総活躍とどう違うのか。もちろん一億総活躍も、いろいろな人が関わって多様な議論がなされているのでひとくくりにはできませんが、官邸での議論の特徴は見出せるのではないでしょうか。
 
注目すべきは、活躍とか包摂とか言ったときに、どういう場への包摂なのか、何をもって活躍というのか、ということですね。
女性が輝く社会って言うとき、どこで輝くかっていうと、働けっていうことですよね。老若男女みんな働きなさいと。ただし、働くっていうことの中身は、今ある劣化した雇用が前提となってしまいます。

逆にいえば、こうした一億総活躍と、スウェーデンなどでみんなが参加し能力を発揮するかたちってどう違うのか、ということです。

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