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言葉をわたしのものにするために—西原孝至監督インタビュー【後編】

文: 藤木耀・佐生佳

昨夏の安保法制に反対するムーブメントを追いかけたドキュメンタリー映画、『わたし自由について〜SEALDs 2015〜』を制作した西原考至監督へのインタビュー。後編では聞き手に佐生佳も加わり、監督のメディアに対する思いなどを伺います。

前編はこちら あなたが生み出す問いについて—西原孝至監督インタビュー【前編】

―立ち位置としては、SEALDsのことを、知らない人に知ってほしい。

佐生いま、マスメディアが“中立”を求められる風潮があると思うんです。でもそこで言われている“中立”っていうのは、どういう立場もとれるということではなくて、いかなる立場も取らずに宙ぶらりんになってしまうというようなあり方をしていると思うんですね。自主規制みたいな。この『わたしの自由について』は単館系のインディペンデントな映画じゃないですか。そういう意味で西原さんは監督として、政治的な意味にせよ、立ち位置を自由に定めることはできたんですか。

西原そういう意味で言うと、映画はまだ表現の場っていうのはありますね。テレビはやっぱり、いま佐生くんが言った通りで、圧力は、かかってる場合もあるかもしれないけど、大概の場合はまさに今言ってた自主規制というか。ここまで言っちゃったら左から突っ込まれるとか、ここまであれすると右翼のなんとかが来るんじゃないか、みたいなことで、どうしてもその作っている人の立ち位置っていうのを曖昧にするというか。結局それが何も言ってないことになっちゃうんだけど、そういうふうにしちゃう傾向があるんですね。

そもそもこの作品も、最初春にたまたまSASPLの動画を見つけて、なんか面白いなと思って撮影始めるときに、たぶんテレビだといろんな制約がかかるだろうなってことを、普段テレビの仕事もやってるから考えたんですよね。それで映画でやろうと思ったんですけど。

映画の場合は、それこそUPLINKの人が気に入ってくれれば上映できるみたいな環境はあるので。シネコンとかだと話は別だと思うんですけど。でもそういう表現の場っていうのは、まだ映画の方は自由は利くなと思いますね。逆に言えば、安保法制賛成の映画も、クオリティが高ければ全然上映できると思うし。

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佐生この『わたしの自由について』を作るに当たって、監督として西原さんはどういう立場に立たれたんですか?

西原なんでしょうね(笑)。 まあ基本こういう映画を撮っている以上は、おれの立場としてはやっぱり普通に安倍政権どうなの、みたいな。だからSEALDsの事は肯定している。肯定というか、SEALDsのみんなが過ごした一夏の記録じゃないけど、そういうふうに撮ってる。だからある人からしたらそれが、言い方は悪いけどプロパガンダみたいに映ることもあるかもしれない。

映画に政治的主張を入れるべきじゃないみたいな批判もたまに聞くんだけど、おれとしては結構どうでもいいかなと思っていて。どうでもいいっていうのは、おれは最初にSASPLの動画を見たときに、なんか面白そうだな、この若いあんちゃんたち面白そうだなみたいな、軽い気持ちで撮影しに行ったんだよ。それでもし、実際に会った彼らが、変な話ちゃらちゃらしてるだけのつまんないやつらだったら、多分撮影やめてたと思う。でもみんないいやつで、面白くて。なんていうんだろう、「友達になれそう」みたいな。まあ10個ぐらい歳は離れてるんだけどね。だからあそこまで、いわゆる自主制作っていうかたちで通えたんだと思うんですね。

カメラ向ける以上、向けさせてもらってる人たちに対して、ある意味尊敬の念もあって。対象のことを好きにならないと撮れないとおれは思ってるんだよね。たまに嫌いな人の番組の依頼とかも来るんだけど、まあなかなか。断るよね(笑)。それと同じで、やっぱりカメラ向けるってことは、言い方はちょっと気持ち悪いかもしれないけど、その目の前の人を愛することだと思うから。そういう気持ちが自分の中でも芽生えたんで、撮ったっていう感じですね。だから立ち位置としては、SEALDsのことを、知らない人に知ってほしい。そういう気持ちはありましたね。

―最初はもうSEALDsっていう群像を追いかけていて、まあSEALDsを追いかけてるんだけど、その中でもちょっと個別の話も聞きたいなと思って

西原佐生くんがTwitterで書いてくれた文章が結構印象に残ってて。最初の頃は撮る対象を探してたみたいな。

佐生映像を見たら、最初の頃は一応ドキュメンタリーとして、最低限の距離はとっていたように見えたんですね。映像自体はニュートラルになるように、みたいな。ただ、そういう距離感を持って撮っていたのに、デモに来る人の数が膨れ上がった結果、カメラのところまで人が来るようになっちゃって、被写体と距離を置けなくなってしまっていて。その時なにか映像が、戸惑っていたように見えたんです。

西原それはおれの感覚とすごい合ってるっていうか、その感覚すごいわかった。確かにあれだけ増えた時になんかちょっとおれも、どうしようじゃないけど、この撮影このまま続けていっていいのか、どうしようかみたいな。去年の7月ぐらいに爆発的に参加者が増えたとき、すごい悩んだというか、考えた時期でもあったんで。あの感覚はなんか合ってるなと思って、Twitter見てました。

佐生その感覚があってから、西原さんが撮影するときの立場というか、こういう視座を据えるんだっていうのを、どういうふうに決め直したとか、悩んだ時期の前と後とで変化したこととかはありますか?

西原最初はデモだけ撮ってたんですけど、どんどん人数が増えていったなかで、個人個人、一人ひとりに興味が行くようになりましたね。誰々はどういうふうに考えてやってるのかな、とか。だから最終的には三人、奥田くんと牛田くんと万奈ちゃんをメインにして撮影させてもらいました。

最初はもうSEALDsっていう群像を追いかけていて、まあSEALDsを追いかけてるんだけど、その中でもちょっと個別の話も聞きたいなと思って、あの三人には話聞いて。

―単純にさ、明日なんか撮影があるって言ってさ、カメラ借りてんのにさ、何時にどこに行けばいいのかわかんない(笑)

藤木撮影してる中で大変だったことって、ありますか?

西原SEALDsの人たちから返信がこない(笑)。

藤木すみません(笑)。

西原いやいや別に、藤木くんが謝ることでもない(笑)。

単純にさ、明日なんか撮影があるって言ってさ、カメラ借りてんのにさ、何時にどこに行けばいいのかわかんない(笑)。河出の高橋源一郎さんとの対談のときも、撮影は前からOKもらってて、でもどこで対談するのみたいな。あれー、午前中なんですけども、みたいな。で、結局河出の人に連絡して、「あーごめんなさい連絡行ってなかったですかSEALDsから」「すいませんもらってないんですけど」(笑)。そういう連絡とかね。

他には、奥田くんにインタビュー撮らしてくれって言っても撮らしてくれなかったり。そういう大変さはあった。あと大変だったことなんかあるかな。

佐生国会前で警察官に殴られてませんでした?

西原あれはなんか、なんでなのかもわかんないんだよね。そうそう。

佐生あれ割となんか、ムッとして映像に残したのかなと思ったのですが。

西原そうそう。なんか、ちょっとさ、別に横断歩道は確かに渡ってないんだけどさ。あんなふうにね、しなくてもいいじゃんね。

佐生あれは別に締め付けとかではなく藪から棒だったんですか?

西原そうそう。撮ってたら、なんかカメラをガッてやられたんだよね、あの警察の人に。でも最後の方みんなイライラしてたから、しょうがないっていうかまあ。

―「なんか世の中を良くしたい」

藤木全体のミーティングで三十万人集めるとか言ってた時に、正直な話そんなに集まると思ってましたか?

西原まあ、こんなに運動が大きくなるとは思ってなかったです。脱原発のときみたく二十万人あふれちゃったみたいなこともありうるのかな、ぐらいのことは思ってたけど。でも、始めたときは、安保法案の問題は原発のときと比べて世間的にも認識されてなかったから。

だけど、一気にその問題がやばいっていうことになってきてからどんどん、本当に回を増すごとに人数が増えていったよね。

佐生抗議行動を毎週金曜日、コンスタントにやるというのを続けていて。そのなかで爆発的に人数が増えたのって、やっぱりテレビが取り上げるようになってからだったという話を、何かで読んだんですね。それで、西原さんはテレビもこういう自主制作の映画も、両方の活動をされていて。先ほどテレビでは表現しにくいことがあるとおっしゃっていましたが、テレビだからできる・できないことであったり、映画だからできる・できないこと、というのはありますか?

西原おれも普段テレビの仕事をしているから、別にテレビのことを嫌いとか諦めてるなんてことは全然なくて。テレビってやっぱり速報性があると思うんですよ。今起こってることをリアルタイムで全国の人に届けられる。映画ってどうしても起こったことに対してタイムラグがあって。この映画も去年の話だしね。

テレビって今も言ったけど速報性があって。SEALDsのやつが増えたのも、今回の映画ではそこまで描けなかったんですけど、6月の終わりくらいに報ステの生中継が一回入ったんだよね。そのときに報ステの中継が入るっていうのを知って、SEALDsのメンバーも画作りをして。それがいい感じに取り上げられて。

その翌週は雨だったからそこまで跳ねなかったんだけど、さらにその翌週、急に一万五千人ぐらい来たんですよ。問題が新聞とかにも取り上げられて指摘されてたなかで、テレビが入ってから。やっぱり、テレビの力っていうのは全然大きいなと思う。報ステに取り上げられてから、『女性自身』とか、雑誌や新聞も含めていろんなメディアに取り上げられるようになったわけだしね。

メディアっていうのは、たまに「第四の権力」とか言われるけど、やっぱり力はあるなと思います。だけどその力っていま、メディアの方が萎縮しちゃって、権力を監視するっていう古来からある機能よりも、伝書鳩みたいな感じになっちゃってて。それは完全にさっきの自主規制でしかないんだけど、「なんかもうちょっと頑張ってくれよ」みたいなことは思ってます。

佐生メディアも諦めてないし頑張ってほしいとのことですが、こうやって映画も作ってテレビの仕事もして、その両方に関わって活動する人間として、自分は何をしたいとかありますか?

西原でかい話だね(笑)。 何をしたいのか・・・。身も蓋もないんだけど、なんでおれがこうやって映像作って人生送ってるかって、すごく単純に言うと「なんか世の中を良くしたい」みたいなのが一個あって。やっぱりその、映像やってるっていうのは、映像っていうものの力をまだ信じているからっていうか。

その映像を通して、見た人の人生なんてもちろん変えられないですけど、見てくれた人の心は揺さぶることができるわけで。揺さぶったことによって、その人がなにか行動を起こしてくれるかもしれないし、違うものが生まれるかもしれない。その可能性は確実にあるし、そこは信じてるところなんで、だから映像やってるみたいなところがありますね。だからこれからも、ちょっとでも社会が良くなるために、微力ながら映像作品を作って、社会に揺さぶりをかけて行きたいみたいな感じですね。

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