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言葉をわたしのものにするために—西原孝至監督インタビュー【後編】

文: 藤木耀・佐生佳

―カメラを通してのコミュニケーションの記録ができてて。それがドキュメンタリーなのかなと思ってるんだよね。

藤木西原さんは最初にフィクションの映画も作ってられたと思うんですが、ドキュメンタリーの映画は今回が初めてですか?

西原ドキュメンタリーの映画は初めて。

藤木フィクションの映画を作る時とドキュメンタリーの映画を撮る時、感覚の違いとかはありますか。

西原そこまであるわけじゃないんだよ。やっぱフィクションは基本台本があってやるんだけど、でも原理的なことを言うと、やってるのは別に、カメラの前で人間が動いてるだけでしかないから。あんまり自分の作るスタンスとかは考えてなくて。

おれはだから、台本があるフィクションをやってるときも、台本通りにやるのはあんまり好きじゃなくて。なんか、そこでもちょっとドキュメンタリーの要素というか、台本に書いてなくてもこっちの方が面白いみたいなことがあったら、そっちを優先するようにしてるんです。それはやっぱりドキュメンタリーやってる感覚で。そういう現場で起こってることを大事にしようみたいな感覚はあります。

藤木スピーチのなかで、特に気に入ってらっしゃるスピーチってありますか?

西原どのスピーチっていうのも難しいんだけど、強いて挙げるなら三つあって。

一個は奥田くんが衆議院で採決された後に、総がかりの人たちと夕暮れで、「こうやって老若男女合わせて、マイクを握れることを本当に嬉しく思います」みたいな。なんかいつの時代も若者は無関心とか言われて、ちょっと声あげたらお前ら勉強してるのかっていう風にまた叩かれて。でもこうやって世代を超えて、おじいちゃんおばあちゃんから自分の妹ぐらいの人たちも集まって、それは希望を持ちたいみたいな。あのスピーチはすごい感覚としてわかるっていうか、いいなって思いました。

二つ目は、あのはなみちゃんのやつ。はなみちゃんすごい緊張してて、初めてスピーチするって。でもその始まりが、「夏が来るたびこの国は戦争の匂いがして」って、なんか急に詩が始まったぞみたいな。あれでまず度肝を抜かれて。でも難しいことは全然言ってなくて。自分の言葉で、声をちょっと震わせながら言ってるあの感じが、聞いてる人にもすごい伝わるものがあって。だから終わった後、国会前で聞いてた人たちもみんな「よかった」と。あの感覚はすごいよかった。

最後は信和くんのやつかな。なんか憲法前文を読み始めたぞみたいな(笑)。おいおいどこまでで終わるんだと思ったら全部読んじゃった。でもあの後に、「これは誰かに押し付けられたものじゃない、これは俺の言葉なんだよ」って。あそこは撮っててもうぐっときたっていうか。

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やっぱりその、言葉ってどうしてもどっかから借りてくるっていう感覚があるんだけど。借りてくるは借りてくるんだけど、借りてきた言葉を自分のなかで咀嚼して、自分の言葉として言ってるっていうことが、SEALDsとかSASPLのみんななのかなと思ってて。

奥田くんの中央公聴会のスピーチとかも、結構いろんな、昔のメンバーのスピーチとかをサンプリングしてるじゃないですか。でもしっかり自分の言葉として話してる、そういう感覚はSEALDsのなかにあるのかも。受け取った言葉を自分の言葉として出すみたいな。それはすごくいいなって。

かつ、それは新しいことなのかなとも思ってるんです。昔はどうしてもイデオロギーとかスローガンとかで、それ誰の言葉?それ本当に思ってます?みたいなことがあったかもしれないんだけど。SEALDsの子たちは自分が本当に思っているっていうのが、聞いてれば伝わるから。だからあれだけ人を惹きつけるのかなというふうに思いますね。

佐生ドキュメンタリーというものも、基本的に起こっていたことをサンプリングしていくみたいな性質がありますよね。

西原そういう意味ではそうだね。だからサンプリングして、どう自分のものとして出すかっていったら編集して。そういう意味で言うと似てるかもしれないです。

佐生信和さんの「これは俺の言葉なんだよ」というスピーチによく表れていると思うのですが、そのサンプリングしたものを自分のものとする過程の一つに、共感というものが大きくある気がして。西原さんがおっしゃっていた「撮る対象が好きじゃないといけないと思う」というのもそういうことなんですかね。

西原そういうことなんじゃない? やっぱり自分が、自分のこととしても捉えられないと。

今回自分で撮影してたから特に、撮ってるおれと、カメラを向けられてるみんなの関係性が映ると思ってて。だから、俺が個人的に自分の映画だけど気に入ってるのは、この映画ってSEALDsのメンバーとおれが仲良くなっていく過程が映っている感じがして。最初はやっぱよそよそしいんだよ。

佐生牛田さんには公安のスパイだと思われてたし(笑)。

西原そうそう(笑)。でもだんだんそれが馴染んでいく、カメラを通したコミュニケーションの記録ができてて。それがドキュメンタリーなのかなと思ってるんだよね。そのコミュニケーションを築くためには、やっぱりお互いの信頼関係とか共感する部分がないと、向こうもこっちを許容してくれないと思うし。だからこの映画だけじゃなくて、ドキュメンタリーをやるときはいつも、いかにその被写体と、仲良くなるともまたちょっと違うんだけど、関係性を築くかっていうのは、大事にしてるかな。

映画では全然使ってないんだけど、9月の中旬に、朝日新聞にSEALDsの広告が出たじゃないですか。そのときに万奈ちゃんが頑張ってやってて、「やった載った」「ようやく終わったわこのプロジェクト」みたいな。おれはその、それを満足げに見てる万奈ちゃんを撮りたいなって思って。万奈ちゃんちょっとじゃあカフェで、その新聞を満足げに見てるシーン撮らないみたいなことを言ったら、「それいいね」って(笑)。実際撮って使わなかったんだけど。それってさ、なんかもうドキュメンタリーなのかフィクションなのかちょっとよくわかんないけど、でもそれはなんか、お互い時間を過ごしてきた中で生まれているものだと思うし。

佐生嘘はないですよね。

西原嘘はないよね。そうそう。だから万奈ちゃんも「それいいね」って言ってくれたし。おれと万奈ちゃんというかSEALDsとの関係性だからこそ、そういうのを撮ろうっていう話もアイデアも出たと思うし。そういう感覚はいつも大事にしてる。今思えばだけど、そのシーン使えばよかったね。ちょっとよそよそしいんだけど(笑)。

―撮り続けるつもりではいるんですけど、まだそれはどうなるか分からないです

藤木今回の映画の後も撮影は続けられてますが、その素材はどうされますか?

西原実は、どうしようかなと思ってて(笑)。まあ7月で解散されるって皆さんおっしゃってるから、6月以降も何かしらのかたちで撮影は続けていくと思うし、今回の映画で使えなかったシーンとかも山のようにあって、北海道の素材とかもあるから、まとめようかなとは思ってるんだけど。

ただそれが映画として、今回ぐらいの力を持ったものになるかっていうのはちょっとまだ分からなくて。だから、一応というか撮り続けるつもりではいるんですけど、まだそれはどうなるか分からないです。

佐生それはやっぱりSEALDs自体が、あの夏までの間にやってたことがソリッドだったっていうのがあるんですかね。

西原あるかもね。あとは今の全国の動きというのが、SEALDsだけっていう感じでもちょっとなくなってきてるじゃない。なんていうんだろ、SEALDsが去年声をあげたことで、刺激を受けた人たちが全国で、みんな各々頑張ってる。そっちの段階にもう移っちゃってるような気がするから、そこでSEALDsをメインに撮るのもどうなのかなみたいなこともちょっと。でもそこは悩んでるんですよ。

佐生最初、SASPLを見て面白そうだなと思ったのがきっかけだったとおっしゃっていましたよね。映画のなかでは牛田さんとかがずっと「次の世代はもっとやばいですよ」みたいなことを言っていて。あの映画の中ではT-ns SOWLの人たちをちょっとずつ撮っていたと思うのですが、今何かに対して「こいつら面白そうだな」と思うことはありますか。

西原どうだろうね。おれ国会前のT-nsのデモも一回撮りに行ったんだけど、良かったですよ。

なんでしょうね、なんか、どなたか、います?(笑)。 最近ちょっとあんまり調べてないから。

でもT-nsののそらくんとか、保育園目指してるの私だって一人でデモやってるから。ああいうデモ自体が普通っていうか、そういう感じになったのはやっぱり、日本の社会にとっても健全というか、いいことだなというふうには思いますよね。おかしいと思ったときに声あげる場所が、一個国会前にできたっていうのは。

「わたしの自由について」

佐生では最後に。テレビに映画に、メディアに関わる人間として、西原さんにとって自由とは。

一同:(笑)。

西原難しい質問だよね。それね。映画の中では他人に聞いといてね(笑)。 自由ってなんなんだろうなあ。自由ねえ。

なんかすごい抽象的な言い方だけど、自分の中に小さい炎みたいなものがあったとしたら、それを他人に消されないことみたいな。おれもその炎があるから映像やってるみたいなことがあって。この炎が消えたらもう全然、撮らなくなるんだろうなって。

今その炎があるからやってるんだけど。それは俺の炎であって、他人から消されるものじゃないし。自分のなかにある、なんていうんだろう、まあプライドとか誇りみたいなものというか。自分の心のなかにあるちっちゃな炎、かな(笑)

佐生藤木:ありがとうございました。

『わたしの自由について〜SEALDs 2015〜』は現在アップリンク・横浜シネマリンで公開中。これからも各地の映画館での上映や、自主上映が予定されている。詳しくは公式サイトを参照。

西原孝至
1983 年、富山県生まれ。早稲田大学で映像制作を学ぶ。2011 年の初長編作『青の光線』は、大阪アジアン映画祭に正式招待。14 年に劇場公開。次作『Starting Over』(2014)は東京国際映画祭<日本映画スプラッシュ部門>をはじめ、国内外10箇所以上の映画祭に正式招待され高い評価を得る。現在、主にTV ドキュメンタリー番組のディレクターとして活動中。

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