今回の大統領選で明らかに注目を集めていたのは、ドナルド・トランプ氏でした。そして、彼が次期アメリカ合衆国大統領に決まりました。
ヒラリー・クリントン氏が勝つのではという事前予測を大きく裏切っての選挙結果に多くの人がショックを隠せない状況で、アメリカでは選挙結果が出たあと「反トランプデモ」が起きるような事態です。また、日本でも多くの注目があつまり、「これから世界はどうなるのだろう?」と、専門家によるさまざまな解説が飛び交っています。
とはいえ、トランプ氏の大統領就任は1月で、そもそも現時点で断定できることがほとんど何もないというのが実際のところです。ここでは、そもそもトランプ氏はどういう人なのか、どのような公約をかかげていたのかなどの基本情報を確認してみたいと思います。
【目次】
・トランプってどういう人?
・トランプはどんなことを言っていたの?
・誰がトランプを支持したのか
・トランプが勝った意味
・トランプ「大統領」のアメリカ、世界と日本
・オススメ文献
トランプってどういう人?
ドナルド・トランプ氏はもともと不動産王として有名でした。政治家だったわけではないどころか、そもそも政治経験さえありません。この点、夫が大統領であり、また自身もそのキャリアのなかで実績を積み上げてきたヒラリー・クリントン氏とかなり異なります。
トランプ氏は、アメリカの裕福な家庭に生まれました。父も不動産業を営んでいたのですが、息子とは逆に、庶民のための低価格な住宅を供給していました。もっとも、その父とともに、トランプ氏は黒人差別をしていたという報道もあります。
中学時代は不良少年だったようで、厳しい父によって全寮制のミリタリー・スクールに送りつけられています(この学校は富裕層が多く集う場所だったようです)。このあと大学に行った彼が、卒業して大きなプロジェクトを手掛ける人物になっていくのです。
73年から不動産業をはじめ、80年代にはレーガノミクスとともに成功しました。このとき既に「時の人」だった彼は、2004年からテレビ番組の司会者を務めるなどして、アメリカ中で話題の大富豪でした。数度の破産を乗り越え、成功者として名を馳せた彼が経営するトランプ・タワーには、現在、メジャー・リーガーやスター俳優など多くの大富豪たちが住んでいます。
ようするに、彼の基本的なイメージ、そしてキャリアは「大富豪」の一言に尽きるということです。なお、日本でも有名な『ホーム・アローン2』ではゲスト出演しています。
トランプはどんなことを言っていたの?
そんなトランプ氏が選挙のとき公約として掲げたのは以下のような事柄です。
・アメリカ孤立主義
・駐留米軍の費用の受入国負担増額
・不法移民の強制送還
・TPP離脱
・パリ協定離脱
・オバマケア撤廃
・イスラム教徒の入国禁止
https://www.donaldjtrump.com/
ここから読み取れるのは、これまでのアメリカとうってかわった、かなり「白人主義的」かつ「内向き」な姿勢です。この「内向き」の外交姿勢については、しばしば保護主義と呼ばれます。また、不法移民の強制送還、イスラム教徒の入国禁止など、多様性を国家の特色としてきたアメリカらしからぬ国内政治を主張しています。
どのように考えればいいのでしょうか。トランプ氏の公約やその発言から、アメリカ政治での位置を見てみましょう。
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まずトランプ氏の公約・発言で特徴的だったのは、白人の雇用の創出を強調していたということです。そのために、公共事業や大規模な減税策をうったえていました。
トランプ氏はある意味において、アメリカ国内の雇用・社会保障に強い関心をもっており、志向としては「大きな政府」寄りと言えます。このことの意味は、最後の方で少し考えてみたいと思います。なおこの点でいえば、たとえばオバマ大統領も、比較的「大きな政府」志向の大統領だったといえます。
ところでトランプ氏の公約や発言は、この後のものも含め、全体として実現可能性がかなり疑わしいものがあります。事実、大統領候補の発言の事実確認をするサイトによれば、トランプ氏の発言の多くが誤り・デマであるそうです。
たとえばトランプ氏は多大な財政支出を伴うことが当然予測されるこうした政策について、財源は経済成長によって補えると考えているようですが、果たしてそんなことが本当に可能なのかはもっと問われるべきです。
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次に、アメリカ社会の多様性に関するトランプ氏の考え方を見てみたいと思います。トランプ氏が注目された「過激な発言」については、上で政策としてあげた移民や非キリスト教者をめぐる取り扱いのみならず、女性蔑視も多く問題となりました。
オバマ大統領と比べてみましょう。オバマ大統領は、アメリカ社会の多様性を重視する立場であったといえます。「黒人」として頭角を現した面があり、そのスピーチでは多くの人種の集うアメリカという自身の考えを明確にしていました。
のちに見るように、アメリカにおける大統領には、国民統合の象徴としての意味合いがあります。この意味で、大統領の文化的背景やそれについての考え方は、しばしば争点となります。たとえばオバマ大統領は、一時イスラム教との「精神的な繋がり」を疑われました。実際には右派からの根拠なき攻撃だったにもかかわらず、それが自身の大統領としての資質にかかわることとして、問題化されたのです。また、アメリカでは根強い宗教右派が存在しています。
トランプ氏はアメリカ大統領として、アメリカ社会の多様性を軽んじる立場であると指摘できるでしょう。「そんなもん見ればわかるわい」と思われるかもしれません。しかし、こうした文化をめぐる政治は、アメリカにとっては決定的に重要な意味を持っているのです。
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最後に、日本にとって決して見逃せない、アメリカの世界政治・経済をめぐる考え方を見てみましょう。上にも述べたように、トランプ氏はここでは保護主義の立場をとっており、また外交・安全保障面では「内向き」の姿勢をとっています。
これは、これまでのアメリカ政治から考えれば、かなり踏み込んだ態度であると言えます。イラク戦争がいまだ記憶に新しいように、アメリカはしばしば世界の政治に、さまざまなかたちでコミットしてきました。私たちにとってもっとも象徴的な例が、沖縄の米軍基地でしょう。しかしトランプ氏はこの米軍基地について、一時は「撤退」をうったえていたのです(かれはどうやら「思いやり予算」のことも知らなかったようですが・・・)。
TPPについても興味深いものがあります。TPPはオバマ大統領の調印に際するコメントにもあるように、アメリカの世界戦略の一環として想定されていたものです。
結果的に、クリントン、トランプ両候補は「TPP反対」をかかげました。トランプ氏がTPPに反対したのは、それだけ米国内のTPP反対世論が強かったことの表れであるともいえるかもしません。そもそも、TPPに懐疑的な世論は労働者と巨大企業双方にありました。後者の代表例は製薬企業です。かれらはTPP交渉で医薬品のデータ保護期間が8年間になったことに大いに不満で、その意を受けた共和党の重鎮もTPPに批判的な態度をとるようになりました。
TPP反対といっても、一様ではないのです。とはいえ、「保護主義」という、これまでのアメリカの世界政治へのコミットメントの「内向き」化という方向性から見てみても、TPPからの脱退は納得できるものがあります。