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【日露会談】問題の外交的視点とは?(法政大学教授・山口二郎

文: 山口二郎

プーチン大統領の来訪が話題になっていますね。北方領土問題に区切りがつくのか、つかないのか。日本政府の実力が試されるところです。

だけれども、今回の訪日について、そもそも北方領土問題について、どのように見ればいいんだろう? 今回はなんと、法政大学教授で「立憲デモクラシーの会」共同代表の一人である山口二郎先生に寄稿していただきました!

 
ロシアのプーチン大統領の訪日が迫ってきた。北方領土問題の解決については、数か月前の期待が急速にしぼんだ感がある。アメリカにおけるトランプ大統領の誕生などロシアをめぐる国際環境が変化したこともあり、良好な対日関係をロシア側の外交の武器とするという状況でもなくなったのだろう。

首脳同士が平和条約に向けて話し合いをすることには意義がある。日米開戦から75年、安倍晋三首相はハワイ真珠湾を訪問し、歴史に区切りをつけると意気込んでいるそうだ。このとき、最も具体的で制度的な「区切り」は、日本を取り巻くすべての国々と平和条約を結び、国境線を画定させることである。しかしその点では、第2次世界大戦の枢軸国の中で、日本だけが歴史から取り残されている。

1956年の日ソ国交回復の際に作られた日ソ共同宣言では、歯舞、色丹諸島を平和条約の締結の際に日本側に引き渡すと明記された。しかし、戦後の冷戦対立の中で、アメリカが日本と当時のソ連との緊張緩和を望まなかったという環境のなかで、平和条約交渉は全く進まなかった。

この点で、同じ第2次世界大戦の敗戦国でも、日本とドイツの試みは全く異なる。1970年代初頭、当時の西ドイツにおいて、社会民主党のブラント政権は、ソ連・東欧に対する東方外交を推進し、第2次世界大戦後にひかれた国境、オーデル・ナイセ線を承認した。旧ドイツ帝国の版図であった東プロイセン地域を正式に放棄したのである。この東方外交は、のちの冷戦構造解体の第一歩となった。

冷戦の終結以後、日ロ間には領土問題の打開に向けた努力が行われた。1990年代には、領土返還の手前まで交渉が進展したこともあった。この時期は、ロシアはソ連解体後の混乱期にある一方、日本は根強い経済力を誇っていた。特に注目すべきは、1998年橋本龍太郎政権のもとでの「川奈提案」である。択捉島と得撫島の間に国境があることを確認できれば、ロシアによる国後、択捉の実効支配を合法と認めるという内容であり、日本政府は領土問題解決の現実的な可能性を追求していたいえる。しかし、この提案は、ロシアのエリツィン政権によって拒否された。

その後、小泉政権の時代になると、日ロ関係は停滞。そして、第2次安倍政権の誕生ともに、日ロ関係の改善への取り組みが始まったのである。これは、ロシアのプーチン政権がクリミア併合以降国際的に孤立するなかで、日本が西側で唯一ロシアとの友好関係を志向する存在となったことが大きい。領土問題の進展に向けて、ロシア側からの譲歩が期待されるようになったのである。

 

いま、冷戦終了から25年もたち、日本政府が戦後の不正常な状態を終わらせる意思を持っているのかどうかが問われている。道理を貫くならば、今まで政府が行ってきたとおり、4島一括返還という原理を譲らず、ロシアがそれを認めるまで妥協してはならないということになるだろう。一方で、そのような原則論をぶつけていては、交渉が前進しないのもまた事実である。

アメリカにおけるドナルド・トランプの大統領選勝利という新しい状況を受けて、ロシアの対日アプローチにも変化の兆候が見える。ロシアは外交的な孤立を脱し、以前ほど日本という窓口を必要としなくなったようである。そして、領土問題をテコに日本からシベリアの経済開発のための投資を引き出すことに力点を置くことになる。

日本側は橋本龍太郎、森喜朗両政権時代の交渉の経緯を踏まえて、現実的な態度で臨むべきである。目先の損得勘定よりも、第2次世界大戦の戦後処理を終わらせるということが領土問題解決の意義である。

仮に、日ソ共同宣言に基づいて歯舞色丹の2島が引き渡される場合、この地域と日米安保条約の関係が争点となる。アメリカは当然、この2島にも安保条約を適用することを求めるだろう。これに対して、ロシアは2島返還の暁にはこの地域を安保条約の適用除外とするよう日本に求めていると、日本の一部の新聞は報じている。領土交渉は、日本がどこまで自律的、主体的に外交政策を打ち立てるかの試金石となるだろう。

 

領土問題をめぐる現実的効果については、現在の日本の地方の現状を考えることで、別の角度から光を当てることもできる。歯舞、色丹はともかく、国後、択捉の2島が日本に引き渡され、北海道の版図に編入されたらどうなるのだろうか。北海道では過疎地が増え、地域経営の重荷に自治体は苦しんでいる。道内の幹線鉄道さえ維持できないとJR北海道は投げ出そうとしている。しかし政治は極めて冷淡であり、まるで「金のかかる過疎地には人は住むな」というのが国の本音のであるような感じさえうけてしまう。国家財政の「お荷物」となる田舎は切り捨てたいが、領土は返してほしいという中央政府の主張には矛盾があるのではない。

国土を維持することは、効率性や採算性を抜きにして、政府の責務である。領土論議を契機に、国境に位置する地方の維持に中央政府が責任を持つという基本姿勢を引き出すことも期待したい。また、効率化を追求する風潮の中で、多様な国土や地域を維持することの意味ついて考える契機となることが望ましい。

 

外交交渉でこちらにとっての百点満点の解決策を勝ち取ることは難しいだろう。法と正義に基づいて、日本の主権を守りつつ、日ロ両国にとって利益となるような妥協策を見出すことこそ外交の本領だ。そして日本にとっての利益とはなにかを考える際に、北海道の視点は欠かせない。

 

 

質問者の写真

山口二郎
1958年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授。専攻は行政学、政治学。「立憲デモクラシーの会」共同代表の一人であり、「市民連合」メンバーの一人でもある。著書に『いまを生きるための政治学』(岩波現代全書)、『政権交代とは何だったのか』(岩波新書)ほか多数。

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