%e3%83%8f%e3%82%9a%e3%83%aa%e5%8d%94%e5%ae%9a%e3%81%a8%e3%81%af12056

TPP審議してたら出遅れちゃった!?「パリ協定」とは?

文: 斎藤雅史/編集:佐藤拓也

11月8日の衆議院で、パリ協定が承認されました。同日、日本政府がニューヨークの国連本部に受諾書を提出、批准手続きが完了し批准されました。

パリ協定は、本来は11月19日に閉幕したCOP22の審議に間にあわせるために、早期の批准が望まれていました。しかし、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の審議にかける時間が長くなり、批准が遅れてしまったのです。

批准が遅れたことの問題はどこにあるのでしょうか? また、このことから見えてくる日本の地球温暖化対策の問題点とは何なのでしょうか? 

そもそもパリ協定って?

2015年の12月。フランスのパリで、気候変動枠組条約の第21回会合であるCOP21が開かれました。ここで、パリ協定と呼ばれる法的拘束力を持った合意が、すべての国のあいだでなされました。

でも、パリ協定って、何なのでしょう? ここでは、4つのポイントに分けて説明したいと思います。

1まずパリ協定は、すべての国(先進国も途上国)も参加した合意です。「すべての国」という、範囲の大きさにその最大の特徴があります。
これまでの地球温暖化条約では、どうなっていたのでしょうか? たとえば1997年の京都議定書をみてみましょう。ここでは、先進国40カ国のみが削減義務を負いました。

「温暖化を抑える責任は世界各国が共通に追うが、これまで起きている温暖化は、産業革命以降、先に開発を進めた先進国の責任が重い」

しかし、その後途上国の中でもインドや中国など経済成長がめざましい国の排出量が問題となりました。その結果、すべての国が納得する形の合意はなされてこなかったのです。
そのなかで、「すべての国が参加」する「法的拘束力」を持つ合意であるパリ協定は画期的だと言えます。

2パリ協定は、その内容の革新性にも特徴があります。
パリ協定では、産業革命からの気温上昇を2℃未満に抑えるとともに、1.5℃未満に収まるように努力し、21世紀後半には事実上の人為的化石燃料の排出をゼロにすることになっています。

1.5℃未満への努力目標に関しては、2009年の「コペンハーゲン合意」や2010年の「カンクン合意」でも言及させていました。しかし、それらよりも法的拘束力が強くなった合意になったのです。


3そしてパリ協定では、「実際に地球温暖化に対応するための仕組み」にも重点が置かれています。
たとえば、目標見直しと低炭素発展計画の策定通知義務。合意を進めていくために5年ごとに約束草案の再提出・改定や会議前の提出・事前レビューなどの「国際的な報告・検証制度」を導入し、これにより各国が互いに努力して排出削減を行っていることをチェックすることにしました。

4途上国への資金援助・技術移転も重要な特徴の一つです。
これまでに決定されていた先進国による途上国への資金援助を2020年以降、増加させることになりました。
もちろん、それ以外にも多くの論点や問題点が、パリ協定にはあります。
しかし、地球温暖化対策が遅々として進まなかった国際合意のなかで、パリ協定は大きな進歩だと言えるのです。

批准が遅れたことの何が問題か?

さて、安倍政権はパリ協定の批准よりもTPPの審議を優先させました。野党などはこれを問題であると指摘しているわけですが、はたして、このことの問題はどこにあるのでしょうか?

1まず、パリ協定のルール作りの交渉に参加できないこと自体に問題があります。
パリ協定では、資金援助・技術移転や排出量取引制度などの合意の詳細やルール作りに関しては、次回以降の交渉に委ねています。つまり、パリ協定によって地球温暖化対策が進むのか、それとも骨抜きになるのか、先進国の利害を優先させたものになるのか、途上国の支援を中心としたものになるのか、といったことは、今後の交渉次第なのです。

しかし、10月19日までの期限までに批准できなかった日本は、COP22から始まるパリ協定第1回締約国会合(CMA1)には、議決権のないオブザーバーとしての参加となりました。交渉に参加できないということは、交渉で自国の主張を通すことができない不利な立場になることを意味します。これは、外交的に大きな損失だと言えるでしょう。

これに関してWWFジャパンの小西雅子気候変動・エネルギープロジェクトリーダーは、次のように指摘しています。
「日本は高効率石炭火力発電への資金を途上国への温暖化対策支援に認めてもらおうとしているが、そのための交渉力を失っている。皮肉な状況だ」

先進国・経済大国の道義的責任という観点からも問題があります。
地球温暖化は全世界が取り組むべき喫緊の課題です。しかし、日本のその課題に対する後ろ向きの態度は、先進国としてはもちろん、世界第3位の経済大国としても問題です。

米NGO「憂慮する科学者同盟」のオルデン・マイヤー氏は、「もし安倍首相が本当に締結したいと思えば早期締結できた。温暖化対策を約束しても、そう考えていないことが行動でわかってしまった」と指摘。
また、国際NGOのFoE(地球の友)マレーシアのミーナ・ラマン代表は、「多くの途上国がすでに締結した。日本が遅れて良いわけがない。公平な温暖化対策のために、日本政府の行動が必要だ。日本が温暖化に悪影響を与える石炭火力発電を途上国に輸出しようとしている」として、「再生可能エネルギーに資金を投じるべきだ」
と話しています。

なにより、政治の拙速という観点から、パリ協定への不参加は批判されるべきです(事実されています)。
日本政府はパリ協定よりも優先させて、TPPに集中しました。しかしそのTPPはというと、アメリカがいないと発効要件を満たさない仕組みになっています。大統領選のときから両候補は「反対」を表明し、つい先日、安倍首相との会談を果たした後に、トランプ氏がTPPへの不参加を表明しました。

つまり、そもそも発効されるかどうかもわからないTPPに集中するその間に、パリ協定の交渉過程に参加できなかったのです。そのTPPは発効されない公算が非常に高いのが現状で、一方パリ協定に関しては順調に議論が進んでおり、日本だけが立ち遅れているかたちとなっています。

参考:

なお、この記事で参考としてあげたReDEMOSの竹内弁護士の動画にあるように、TPPが仮にダメになったところで、新大統領が二国間条約なり協定なりを結ぼうとし、それがTPPよりさらに日本に不利益をもたらす可能性は十分にあります。そして事実、トランプ氏は二国間協定について言及しています。
TPPの採決とこの二国間協定は無関係ではありません。というのも、「TPPで日本はここまで妥協したんだし、二国間協定のスタートラインもそこからでいいよね」となりかねないからです。つまり、TPPに関してもまだ安心はとてもできないということです。



パリ協定の批准よりもTPPの審議を優先させたという事実は、日本という国が地球温暖化に後ろ向きであり、それよりも自国の経済的な利益を優先させたという印象を世界に与えました。地球温暖化という国際的な問題を解決することへの姿勢が疑われるのはもちろん、そうした世界的な流れのなかでの日本の地位と信頼は大きく低下することになるでしょう。

以上、パリ協定の「不参加」について、その内容と、何が問題なのかを見てきました。次の記事では、パリ協定の背景となっている地球温暖化とはそもそも何なのかについてみていきたいと思います。

<参考文献>
小西雅子『地球温暖化は解決できるのか-パリ協定から未来へ!』(岩波ジュニア新書、2016年)
明日香壽川「COP21-旅の終わりと始まり」(『世界』2016年2月号、岩波書店より)

BOOK'S SELECTION