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ペシャワール会 中村哲医師に聞く。共に生きるための憲法と人道支援 <前編>

文: POST編集部

我々の仕事は「平和運動」ではない

なるほど。そうした活動を聞くと、そこに生きる人々やその次の世代がしっかりと生きていける状況を作れば、そこに平和が訪れるのだと強く思います。ただ、今日本でアフガニスタンと聞いた時に、一般的に思い浮かぶのは悲しいことに、「テロリスト」といったような言葉です。しかし、なぜ「テロリスト」になってしまう人が出て来てしまうのか?という視点は欠けてしまっている気がします。

中村自分の命まで捨てるとは、よっぽど思い詰めた人達ですから、やはり、その人たちがどうしてそうなったかを見ないと、僕は片手落ちだと思います。

そこで生きられる状況や、自分の土地を耕し食べていけるという仕事があれば攻撃に向かうのではないという方向が見えてくるんじゃないかと思わされます。

中村三度の食事が得られること、自分のふるさとで家族仲良く暮らせること、この二つを叶えてやれば、戦はなくなると言います。私ではなくて、アフガニスタンの人々の言葉です。十人が十人、口をそろえて。

なるほど。それを可能にすることこそが本当の「人道支援」なんだと思います。「安全保障」と言った時に、武力によって、もめごとが飛び火する前に叩き潰しておこうという発想に至りがちですが、本来の「安全保障」のあり方は、彼らは彼らで生きていけるようにする。私たちは、私たちで生きていけるようにする。そういうことなのではないかと、中村さんの活動を見ていて、思います。

中村全くその通りです。そういった上からの乱暴な目線が、この頃ますます強くなっている。以前からその傾向はありましたけれども、今ほどひどくなかった。「所かわれば品かわる。世の中広い。」くらいで済んでいました。現地の生活スタイルまで全部を変えないと、その人たちが幸せになれないというような傲慢さは、今より薄かった。山岳会でインドやパキスタンの僻地に行くと、全然自分と違う文化を持った人々がいます。「世界は広い」という感想だけあり、政治宗教を語るのはタブーで、「郷に入っては郷に従え」というのが流儀でした。それぐらいで済んでいたわけですよ。女の人が顔を見せない習慣にしても、「なんか理由があるのだろう」「美人が多いせいで、男たちが妬くんじゃないか」とかね。(笑)ところが最近は、「被り物を取らないと彼女らは幸せにならない」と断定し、無理にやめさせようとする。「本人たちが嫌がるから、お節介はやめて下さい」と言いたくなります。

今は自分と異なる他者を排除しよう、同化させようという方向が強くなって、「安全保障」とか言った言葉で使われてしまってると思うんですが、そうではない方向性もきっとあるはずで、それを中村さんやペシャワール会の方々が実践されていると思います。

中村私たちの仕事は「平和運動」ではありません。もっと日常の差し迫ったものです。医療の続きで、いわば救命活動です。しかし、結果として平和に通じるものはあると思います。

インスタントになるほど分からなくなる

お話を聞いてて思ったのですが、中村さんは、相手に合わせるというか、あくまで現地の環境や文化を尊重した上で付き合って内側から見ようとするということをとても大切にされています。そういう知恵は、どこで得られたのでしょうか。

中村それは自分も分かりません。少し話がそれますが、気になることがある。日本人は、ますます性急で気が短くなっている。これも他者の理解を阻んでいる理由の一つではないかと感じています。最近の通信・交通手段の発達に支えられ、どこでも、いつでも、さっと行ける。より早く、より大量に輸送できる。昔は、そうでもなかった。私が最初に山岳会に参加した時は、福岡からパキスタンのカラチまで船か飛行機かでした。船で行けば、一か月以上かかる。そこから陸揚げして、山のふもとに着くまでにまた一か月かかる。登山活動は、三か月か四か月。だから全部で最低半年ぐらい掛けて、登山に行ったんです。しかし、今のトレッキングツアーは、「ヒマラヤ一週間コース」だとかになっている。(笑)そうやってインスタントになればなるほど、現地理解が浅くなりやすい。分かったつもりの分だけ、分からないよりも害が大きい。幸いというべきか、僕の場合は、社会全体がテンポの遅い時代からの関わりだったので、現地事情にじっくり触れやすかったと思います。

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日本という国

現地で活動する時に、「日本人であること」を意識することっていうのはあるんでしょうか?

中村ありますね。本当に驚きでした。パキスタンやアフガニスタンは親日家が非常に多かった。普通の欧米人が来ても、門前払いを食らわすのに、日本人というだけで態度が変わるのです。当然、日本人というだけで何故?という疑問が湧いてきます。やはり意識せざるを得ない。

何故なんでしょうか。

中村一つは敵の敵に対する親近感です。日露戦争や太平洋戦争など、欧米と干戈を交えた(戦争した)のはアジアの中で日本だけだった。彼らはイギリスの支配に随分苦しめられた時代があって、日本という国に親近感を抱くようになった。日露戦争もそうです。アフガニスタンの場合は、1800年代後半、南下するロシアと北上する英国、その狭間の中で生き抜いてきたという国際環境が日本と似ています。アフガニスタンは険しい山岳という自然条件、日本は極東という遠距離によって、かろうじて独立を維持してきた。英国とは三回も戦争して撃退しています。もう一つは、「ヒロシマ・ナガサキ」を必ず連想するそうです。その悲劇に対する同情、そして戦後廃墟の中から復興した「平和国家・日本」は称賛の的でした。

なるほど。僕はエジプトやヨルダンといった中東の国々に行った時に「日本人」であると言った時に本当に優しく接してもらったことがしばしばで、とても驚いたことがありました。ある時、何故なのかと聞いてみると、電化製品や車、そしてアニメといった文化からの親近感などもあったのですが「日本人は一度もアラブの仲間を武力で傷つけたことがないからだ」と言ってことを思い出しました。それを聞いてとても嬉しかったんですけれど、最近のニュースを見ている時に、胸が痛むんです。安保法案が通り、これから中東という地域に日本人が傷つけに行かざるを得ないかもしれない状況が起きてしまった時に、彼らにどういう風に話ができるのかなと思ってしまう。「イラク戦争」で自衛隊派遣で揺れていた2004年頃の中村さんのインタビューでは、「あの大きかった親日感情も翳りを見せている」とおっしゃっていました。では2016年になった今、現地での日本への感情はどのように変わってきているんでしょうか。

中村うん、前ほどは芳しくないですね。ただ、古い世代がまだ生きている。強い好感を持ってくれていた世代です。しかしもう新しい世代になると、欧米の一員くらいにしか見ない者が増えています。ただ、アフガニスタンには軍服を着た日本の兵隊は来なかった、そのことは大きかった。日本だけは違うんだ。至らない点は多々あるにしても、民生支援を中心にやっているんだ。という意識はまだ強いです。

なるほど。そこに来た人というのは、軍人ではなく支援をしてくれた人だったと。

中村軍隊をくり出して人を殺めなかったことは、非常に大きかったのです。誤解から親日感情が湧いたにしても、その感情を踏みにじらなかったことが、好印象を与えたのでしょう。

日本という国が、色々あるけれども、武力は行使しない国であることを現地の人は知っているということですね。

中村うん。敏感ですよ。自分たちはどちらかというと、作業員の人々と接する中で、下々と言っては失礼ですけれども、社会の大部分を占める底辺の階層がそう見ている。それは感じます。

日本にはルールというか、憲法で武力は使わないと決められているということを、なんとなくは知っているということでしょうか。

中村彼らは憲法9条のことなんか知らないですよ。ただ、そういう国是があるのだとは感じていると思います。

それが今もしかしたら、変化してしまうかもしれないことは知っているんでしょうか。

中村漠然とは感じているでしょう。現地の人々は日本人以上に国際情勢に関心が強い。BBCニュースを聞くのは日常です。去年日本人がシリアで捕まりましたよね。あんなニュースもすぐ作業現場で話題になります。

なるほど。日本の状況はBBCといったニュースを介して、よく知られているということなんですね。

次回、後編に続きます!

質問者の写真
中村哲 医師
1946年福岡市生まれ。九州大学医学部卒。84年から、パキスタンのペシャワール、アフガニスタン北東部を中心に診療を続け、2001年からは干ばつに見舞われたアフガン国内で井戸と水路の堀削と復旧、食糧支援なども行う。PMS(ペシャワール会医療サービス総院長)。著書に『医は国境を越えて』『医者 井戸を掘る』『辺境で見る 辺境から見る』(石風社)ほか。

ペシャワール会の活動は以下のホームページを、是非ご覧下さい。

2019年12月5日 追記

2019年12月4日、35年にわたり、アフガニスタン・パキスタンで医療・灌漑・農業などの活動をされて来たペシャワール会の中村哲さんが亡くなられました。用水路の工事現場へ行く途中、銃撃されたとのこと、やりきれない深い悲しみをいだいております。
ペシャワール会の活動が成し遂げていること、その活動を貫き支えた中村哲さんの「ことば」は、これからも私たちに力を吹き込み、この世界の荒廃を緑に変えていくと信じます。

POST編集部一同

【インタビュー・記事構成:神宮司博基、是恒香琳。写真:七田人比古】

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