「憲法は確かに大事なんだろうけど、大震災などの災害が起きた際に、いまの憲法の規定のせいで国が十分に国民を助けられないとしたらそれは問題だな。そういう緊急事態に備えて憲法を変えておくというのなら、いいことじゃないか。」
そんな風に思っている人もいるかもしれません。 具体的には、緊急事態条項というものを憲法に入れる必要があるという意見が、しばしば憲 法を変えるという立場の人たちから語られますし、政府のえらい人もそんなこと言っていましたものね。
そんなあなたに、今回、7つのことをお伝えしたいと思います。
1最近、政府与党内を含め、大規模な自然災害に対応するために緊急事態条項が必要であり、改憲を行うべきだという主張がありますが、これは、全く筋の通らない暴論です。日本には憲法を変えなくても十分に対応可能な精緻な法制度が既に存在し、このような憲法改正は不要です。何より、自民党改憲草案の緊急事態条項は、何の縛りもなく政府に全権を委ねる一種の戒厳令条項です。
2まず、いざとなったら政府に全権を委ねれば何とかなるというのは間違いです。いざというときほど、政府も自治体も、法律の根拠がなければ人々を助けられないのです。結局のところ、想定外のことをいかに起こさないかが重要であり、大地震にせよ原発事故にせよ、平時から様々な事象を想定したうえで、立法措置を含めた適切な対応方針を決めておくこと、そして何より、政府が存在する法律の規定を迅速に活用し、人々を救うために全力を尽くすことが重要なのです。
3実際には、大災害などで本当に緊急の対応が必要であれば、災害対策基本法という既に存在する法律に基づいて、政府は相当大胆な緊急対応を行うことができます。もちろん、戒厳令のようにならないための規定も定められています。
内閣は、どうしても国会を開けない場合には、「緊急政令」を制定できます。さらに、同法では、内閣総理大臣に行政上の権限を一時的に集中させ、効率的な行政執行を行うための仕組みも整備されています。
このように、自然災害等を理由とする緊急事態条項の導入は不要ですし、それ以外に緊急事態条項を定めなければならない特段の事情もありません。
4一方、ここからが重要なのですが、自由民主党の改憲草案に盛り込まれている緊急事態条項は、以下のように、十分な限定をかけることなく政府に全権を与えてしまう一種の全権委任制度であり、一部の国が極めて厳しい限定の下で認めている緊急事態条項とは、その内容自体が全く異なるものです。
①緊急事態の発動要件を法律で定められる(98条1項)
②緊急事態の期間に制限がない(98条3項)
③内閣が制定した法律と同様の効果を有する政令や財産処分について、国会の承認を事後 的に得られない場合に効力を失う旨の規定がない(99条1項2項)
④政令で規定できる対象に制限がない
5これは大変恐ろしい規定です。まず、発動要件を法律で定められるとすると、国会における多数派の判断によって、その対象はいくらでも拡大できます。さらに宣言された緊急事態の期間が定められていないため、いつまでも政府による独裁が継続する恐れがあります。そのうえ、政令によりあらゆる人権を広範に制約でき、後から国会がこれを不承認としても、その効果は失われません。
明治憲法下であっても、議会の承認がなければ緊急勅令は将来に向けて効果を失う旨の規定がありましたから、現在の自民党憲改憲草案は、明治憲法よりもさらに人権保障に対して後ろ向きの、国家による独裁を正面から認める内容と言えます。
6緊急事態条項は、適切に限定をかけたとしてもなお、立憲民主主義の観点からは危険な制度です。そのため日本国憲法では、制定時に十分に議論を尽くしたうえで、あえて緊急事態条項を入れませんでした。
旧憲法から日本国憲法への改正を議論していた1946年の帝国議会において、金森国務大臣は、
- 国民の権利擁護のためには非常事態に政府の一存で行う措置は極力防止すべきこと、
- 非常時に乗じて政府の自由判断が可能な仕組みを残しておくとどれほど精緻な憲法でも破壊される可能性があること、
- 憲法上準備されている臨時国会や参議院の緊急 集会(衆議院の解散中に緊急で開催する)で十分であること、
- 特殊な事態に対しては平常時から立法等によって対応を定めておくべきこと、
という4つの理由から、明確に緊急事態条項を導入しないことを答弁しています。
妥当で理屈にかなった判断がなされたといえるでしょう。日本国憲法に緊急事態条項は不要なのです。
7巨大災害から人々を守るためには緊急事態条項が必要だという説明は、不正確というレベルを超えた虚偽です。今の自民党が提案しているような緊急事態条項が実際に憲法に盛り込まれてしまえば、政府による判断で憲法が停止され、無限定な独裁を行うことが可能な社会になってしまいます。
憲法第9条などがすべて今のまま維持されていたとしても、緊急事態を口実に憲法自体が実質的に停止され戒厳令が敷かれてしまえば、私たちにはどうすることもできません。つまり、緊急事態条項こそがジョーカーであり、これだけは絶対に認めてはならないのです。
どうしても後戻りができない破滅的な変化がすぐ目の前に迫っていることを、私たちは 自覚しなければなりません。後から騙されたと気づくのでは遅いのです。
国民に嘘をつき、立憲主義も民主主義もないがしろにする政府に白紙委任状を渡してし まったら、それは、私たちが自ら主権を放棄したのと同じなのです。
選挙には必ず行きましょう!
自分のためだけでなく、今の時点では選挙権のない、将来の日本人のためにも、必ずよく考えて投票しましょう!
(※本稿は水上貴央弁護士にご寄稿いただきました)