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安全保障論から見た安保法制 3つの問題点

文: SEALDs POST編集部

参院選がはじまり、平和安全法制(安保法)が再び世論の注目を集めています。

    「平和安全法制」って?

去年9月に、日本の防衛と国際協力を強化する目的で制定された、11の法律の総称です。その内容は、集団的自衛権の行使を解禁し、国連平和維持活動(PKO)での武器使用基準を緩和するなど、戦後日本が軍事に課してきた法的制約を緩めるものです。

これまで「憲法違反」と言われ反対の声も大きかった安保法。しかし安保法に賛成する人からは、「憲法論だけじゃなくて、安全保障の議論こそ必要だ」という意見も出ていました(憲法を破っている時点で国家の機能としてダメなのですが)。

というわけで今回は、その安保法の問題点を、国際政治学・安全保障論の観点からざっくり見てみたいと思います。

問題① 日本の安全保障環境を悪化させる。

さっそくですが、日本が安保法(の制定)を通じて日米同盟を強めた結果、日中関係がさらに悪くなる可能性が高いです。

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これを理解するために、現在の日中関係の、歴史的な背景を見てみましょう。

日中関係は1972年の「国交正常化」のあと、比較的良好でした。しかし、1996年の「日米安全保障共同宣言」に基づく日米安保再定義をきっかけに、対立するようになります。

    「日米安保再定義」って?

冷戦終結とソ連の崩壊によって日米安保条約の存在意義が疑問視された中で、日米安保条約をアジア太平洋地域の安定のために使おうって取り決めた動きです。

中国の軍事力の強化は、その「封じ込め」に対抗しようとして行われています。というのも中国はこの「再定義」を、日米同盟による「中国封じ込め政策」として捉えているからです。

こうした歴史的な背景があるなかで、安保法によって日本が集団的自衛権の行使を解禁し、日米同盟をさらに深めることは、中国からみれば「封じ込め」の強化なのです。

それだけでなく、安保法によって自衛隊の行動範囲が広がれば、中国にとっては、日本が台湾海峡問題に介入してくるのではという不安も生まれます。そのため、中国が日本を警戒し、さらなる軍事力強化や強硬な外交政策に訴える可能性もでてきます。

このように、安保法は日本の安全保障環境をよくするどころか、むしろ悪くさせるという本末転倒な事態を招きかねません。

問題② 抑止が成功する可能性が低い。

安保法制 「安全」

安保法の目的の一つは、日本の「抑止力」を高めることによって、中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル攻撃を防ぐことにあります。しかし、安保法の内容や制定のプロセスを見ると、こうした抑止を実現できるのか、非常に怪しいところがあります。

おおまかにいうと、抑止とは、相手国に対して「この一線を越えたら、反撃か報復攻撃をするぞ」と脅すことで、相手国を抑える安全保障政策です。この抑止が成功するには、クリアすべき3つの条件があります。

    「抑止」のための3つの条件

条件1:反撃か報復攻撃ができるだけの、実力と固い意志がある。

条件2:その実力と意志を相手国に嘘だとは思わせず、正しく伝えること。このためには、平時であれ、危機であれ、互いに意思疎通ができるようにしておく必要があります。

条件3:お互いに「越えてはいけない一線」を越えなければ攻撃せず、そのことを相手国に 正確に理解させていること。そうでないと、相手国にとっては、その一線を越えなくても攻撃される可能性があるため、その一線を越えても結果は変わらないことになります。

この3つの条件に照らし合わせると、すくなくとも安保法は条件2と条件3をクリアしていません

条件2については、日本は中国や北朝鮮とあまり意思疎通ができていませんし、そのための制度(たとえば、海上連絡メカニズム)もありません。また、条件3についても、政府や自民党は去年の国会討論では、「抑止力が下がるから安保法が必要である」ということを示す具体的な事例や運用方法が出てきていないのです。

また、国vs国ではない「戦争」、たとえばテロとの戦争では、「抑止力」は効果がありません。武力による抑止力というのは、相手が「死にたくない」と思っていなければ通用しないからです。「死んでもいいからテロを起こしたい」と思っている過激派にはあまり効果はない ということです。しかも、軍事力や治安の強化といった政策は、新たな「人を殺せるくらい現状を憎むテロリスト」を生み出す原因となりかねません。実際、アメリカが対テロ戦争をはじめたときからテロが増え続けているという統計も出ています。
テロに対する武力
ただ勝てないばかりではありません。日本国内でテロが起きる確率、報復される確率が上がるということも考えるべきでしょう。たとえば今年起きたパリのテロ事件は、空爆など中東の紛争に参加するフランスが敵国とみなされ、行われたものです。

このように安保法は、抑止が成功するための条件を満たしていないため、その目的を実現できるのか怪しく、最悪の場合、自国をより危険にさらすだけです。

問題③ 自衛隊が国連PKOの戦闘に関わり、殺される可能性がある。

安倍総理大臣は、安保法制が必要な理由として、「平和のため」「自国を守るため」と説明してきました。

まず、「国防」については、これまで言ったとおりです。そして「平和」についても、中東・アフリカの紛争に参加するようになるのは、非合理な選択であるといえます。

安保法が施行され、これから自衛隊は、住民保護のために国連平和維持活動(PKO)で戦闘に関わることができるようになります。

しかしこのPKOがクセモノで、現在のPKOは、住民を守るために戦い、紛争当事者になることも厭いません。たとえば今年9月に派遣される南スーダンでは、内戦が何度も起きていて、PKO部隊も戦っています。また中央アフリカ共和国やマリでも、同じようにPKO部隊が非戦闘員の保護のために反政府勢力と闘っています。こうしたPKOの傾向はこれからも続くと考えられます。

PKO 交戦権=戦争

「住民を守るために戦う」といえば聞こえはいいですが、戦闘は市街地で起こることが多く、敵対勢力が住民を盾にすることもあります。つまり、住民の巻き添えは避けられません。そして、戦闘に巻き込まれた住民の家族や友人が武装集団に加わり、PKO部隊に報復攻撃をすることもあります。

安保法はこうした戦地に自衛隊を送り込み、実際に人を殺し/殺されるようにするものです。そのため、「国連の平和維持軍」といっても、現地の人からみれば「よそからいきなりやってきた武装集団」としかうつりません。

これまでの日本は唯一戦闘を目的としない集団として、現地の信用を得ることができました。たとえばゲリラに武装を解除させる任務では、「平和の国だという日本のあなたが言うならしかたない」と言って、通常よりも交渉ごとがうまく運んだという例もあります。そして紛争が勃発している現地で活動する医療NGO、NPOの人々は、「今までは日本人だから攻撃を受けずに活動できていたが、安保法が施行されたあとはそうでなくなってしまう」と訴えています。安保法制の前ではありますが、下サイトのような議論があります。

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つまり、安保法によって他国にはできない「平和」的な国際貢献ができなくなってしまうということです。これは反対に言えば、世界でも数少ない、こういった国際貢献のできる国・人が、一つなくなるということでもあります。

以上、国際政治学・安全保障論の知見から安保法を見てきました。

もちろん、憲法違反である時点で、安保法制は「ダメ」です。しかし一方で、日本の安全保障環境が変化しているのも事実です。そしてこのような観点から見たときにも、安保法制はかなり重大な問題を抱えているということです。

こうした重大なリスクや問題を抱えた安保法は、果たして今の日本に必要なのでしょうか。今一度、その必要性を問い直す必要があるように思います。

    (参考文献)

・高原明生、増田雅之著「冷戦終結後の日米安全保障体制と日米関係 1993-1995」、高原明生・服部龍二編『日中関係史1972-2012 Ⅰ政治』2012年、東京大学出版会
・植木千可子著『平和のための戦争論 ―集団的自衛権は何をもたらすのか?』2015年、筑摩書房
・Jeffry A. Frieden, David A. Lake, Kenneth A. Schultz, World Politics Interests, Institutions, Interactions 2nd Edition, 2013, NORTON
・伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう  世界の「対立」を仕切る』2015年、朝日出版社

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