“わたしは言葉を憎み、言葉を愛してきた。”——— p.659
「言葉」で世界を征服しようとしたナチス政権下のドイツで、少女は「言葉」で尊厳を守ろうとする。 少女の家に匿われたユダヤの青年は、『我が闘争』を白く塗りつぶし、愛の物語を書き込む。 この人たちのことを私たちに語るのは、死神だ。連合軍がドイツの小さな町を空爆した日、少女と青年に尊厳と愛を教えた人々は殺された。 書かれた「言葉」も失われたが、死神が拾いあげたのだ。 この作品は、欧米で異例のロングセラーとなり、映画化もされている。
これつ
早川書房 2007年
マークース・ズーサック 著; 入江真佐子 訳
“わたしは言葉を憎み、言葉を愛してきた。”——— p.659
「言葉」で世界を征服しようとしたナチス政権下のドイツで、少女は「言葉」で尊厳を守ろうとする。 少女の家に匿われたユダヤの青年は、『我が闘争』を白く塗りつぶし、愛の物語を書き込む。 この人たちのことを私たちに語るのは、死神だ。連合軍がドイツの小さな町を空爆した日、少女と青年に尊厳と愛を教えた人々は殺された。 書かれた「言葉」も失われたが、死神が拾いあげたのだ。 この作品は、欧米で異例のロングセラーとなり、映画化もされている。
これつ
“加害と被害の溶融という新しい地平から、人間であることに対する深い問いが生まれてきます。”
水俣の運動史から「存在」が現れ「新しい人間像」が浮かび上がる。 中央と周辺に分かれた人々は、それぞれの立場からの視点で生を捉えようとする。 視線が交差するグレイゾーンで踏みとどまると、お互いに一方的なこの視線が溶け合うような生が表れる。 他者を支配する権力位置を離脱して、あるがままの人間として肩を並べて加害と被害のグレイゾーンを突破していく。 オキナワ・フクシマにも通ずる“まなざし”をこの本から養いたい。
みつ