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SPEECH 殿垣くるみ – 2015.12.06 銀座デモ集会


皆さんこんにちは。

大学の一年のくるみです。今日はよろしくお願いします。

まもなく2015年が終わろうとしています。私は現政権によって立憲主義が侮辱されたこの年を忘れません。そして、自由と民主主義をあきらめない多くの人々とつながれたこの年の事実も私は忘れることはできません。安倍さん周辺の人たちが忘れるであろうといったこの年の出来事は私の心にしっかりと刻まれました。

9月19日、民主主義のプロセスを無視し安保法案は強行採決されました。今国会で成立を拒むのは国民の8割、法案成立の反対は6割。憲法審査会での3人の憲法学者の違憲判断。研究者、学者1万4千人の抗議声明。そして、国会前のみならず、あらゆるところで老若男女、宗教、政治的立場を問わず、多くの人たちがこの法制の危険性を訴え、反対の声を挙げました。この数値化、可視化された事実を政府は無視したのです。

この法制の中身は非常に重要で、私たち一人ひとりの命や生活に関わってくる内容です。それを5月の閣議決定から短期間で決め、「国民のために」といいながら、これだけ多くの国民の声を無視する。独裁政治と言われても仕方ありません。

この法制の成立によって日本は戦争ができる国になりました。ドイツのヴァイツゼッカー大統領の戦後40周年演説の言葉を思い出します。

「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし、過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしないものは、また、そうした危険に陥りやすいのです。」

この言葉をそのまま安倍さんに伝えたい。

この法案は過去への侮辱です。ポーランド、長崎、広島、沖縄、台湾、韓国、今まで戦争の爪痕が残るいろんな地に私は訪れてきました。おびただしい人間の死と破壊、戦争によって歪められた人生、分断にあった民族、終わらない戦後。そんな事実に向き合ったとき、私がどう生きるべきか、問われます。歴史を背負って私たちは生きており、過去とは決別できない、してはいけない存在なのだと強く思います。

過去に盲目となるのはやめましょう。権力だけに歴史を語らせることはやめさせましょう。理不尽に死んでいった多くの死を私は美しいとはとても言えない。本当に記憶し寄り添うべき歴史は人々の嘆き、苦しみ、悲しみであるべきです。今こそ、私たち一人ひとりが過去の歴史と対で向き合い、その総括を、帝国主義の側からするのではなく、人々の意識の側からするべきです。
私は改めて、多くの死から平和を決意し制定された日本国憲法の価値を再認識します。先人たちが残した民主主義精神を「生きた遺産」として私たちが引き受けたい。

 

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戦争は究極の消費活動です。私たちの血税は、なん十、何百億かかる戦闘機に使われ、相手国の街、文化、生活、あらゆるものを破壊し、多くの命が消費されていく。生み出すものは何もありません。あるとしたら、それは日本に向けられる憎しみと日本が攻撃されるリスクでしょう。想像してください。ボタン一つ、指示一つでミサイルや戦闘機が狙う先に誰がいるのか。「国民」や「テロリスト集団」などとひとくくりするのではなく、具体的な人々の姿をそこに想像すべきです。

7月には選挙があります。安保法案が閣議決定された日、安保法制という言葉が大きくニュースに出てきた日、私は二十歳の誕生日を迎えました。これから始まる20代に期待を膨らませているなか、安保法案というまだ聞きなれない言葉は次第に私の心を占めていき、重要な言葉となりました。

二十歳になった私はこの手で一票を投じることができる。うれしすぎるよ! 私は社会に応答するひとつの手段を得ました。安倍さん、個々の命の尊さを語れないあなたに、私は私の尊い一票をあげられません。

私たちは何に忠誠を尽くしますか。私にとってそれは首相という個人でもなく、国でもなく、日本国憲法の文言と理念です。安倍さんがきっかけをくれた、未来を諦めない私たちのこの連帯の手を決して放さない。

本当の絶望は私達が声を上げなくなったときにやってきます。そうであるなら、ここから私が見えている光景は希望そのものでしょう。民主主義は仕組みではなく人だということを再認識します。

目先の利益や宗教、思想、私たちが分断されてしまうきっかけは社会のあちこちに転がっています。時代によって移り変わるものではなく、普遍的な価値や真理を探究し、捉え続けましょう。この国が戦争に加担し、海の向こう側の誰かを殺し、殺されることには耐えられない。犠牲を必要とする平和とは決別する歩みを進めましょう。

理不尽に奪われていった、権力が語らない死を見つめながら私は生きていきます。犠牲の上に生きてきた、生きている矛盾した現在の自分と戦っていきます。私は私であり続ける努力をし続けます。

私は未来を選び取る自由を決して手放さない。2015年12月6日、私は安保法制に反対し、世界の平和を希求します。

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